信頼と責任

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ここ数日の間にいろんなことがおきて、かなり考えさせられました。(今では、万事オッケーとなりましたが)
「信頼と責任」この二つの言葉…大人社会には断然大切なキーワードだと思ってます。友人同士、会社のボスや仲間、家族、他人同士といろいろな人と関わっていくのが人生であり、人との関わりなくして自分の道は語れないとも感じます。

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さて、「信頼」をもし、自分でくずしてしまったら、どうやって「信頼」を取り戻す事ができるのか。そのシチュエーションは様々だし、レベルも様々。
例えば、仕事で大きなミスをおかしてしまったら…。その一件で相手側に不快な思いをさせてしまい、それがただ謝ってすむものなのか…。毎日顔を合わせるたびに謝り続ければいいものなのか…。相手も同様、毎日顔を合わすたびに、その件を思い起こし怒りに奮闘し続けるのか…、気まずい雰囲気をずっと醸し出すものなのか。

過去のわたしの経験談から、粉か砂糖のはかり間違いで、ひとつのケーキを無駄にしてしまい、1回ならまだしも、翌日も同じミスを繰り返してしまった。どうしてこうなってしまったのか説明し、謝って、気を取り直し、二度とおなじことは繰り返さないと自分で自分を正して…。ただ、そのときは、何か気まずい雰囲気がムンムンしてたけど、時間がたてば自然と消え、自然かどうかはわからないけど、自分の「ばんかい意欲」がちゃんと通じたのか、もとの関係に戻りました。人間誰しもミスはあります。失敗して挫折して学んで、そして這い上がって、また失敗して…の繰り返しが人間を成長させていくのだとも思う。歴史も同じくして、今があるのは過去のいろいろな出来事が、紆余曲折で進化したおかげ。
そして、自分を信頼してこそ、他人との信頼も成り立っていくのではないかと。自分を信頼できなければ、いつまでたっても進化への道は、ブラウン管から眺めるスターのようで。

しかし、信頼関係がちゃんと自然に元通りになるパターンもあれば、そうでないものもある。

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表面的には何とかなっても、そのこじれた内容がもうもとに戻るものではなかったら。取り返しのつかないことになった場合。大きいことになれば、弁護士とか裁判とか、第三者が入って決着をつけることになりそうですが…。
ああ、なんかちょっとオーバーな話題を振りまいてしまってますが、実際、こういうのは起きてませんから。ただちょっと考えてみただけで。
そういえば、以前に見た映画「手紙」は深い内容のものでした。
ううう…、なんか、ちょっと難しい話をすると、私自身の頭がぐるぐるまわってきてしまうので、ちょっとキャンセル(おいおい、信頼の話をし始めたのは誰だい?)

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「責任」には「信頼」がくっついているわけで、ほかにも別の言葉がくっついていそうですが、ひとつひとつの事柄に責任もって接していくという気持ちを大切にしてます。たとえば、メールひとつにしても、受ければ返信するというように、かぎかっこ『「」』という文字?『「 』がくれば必ず『 」』で閉じるわけで、こういうことを注意してます。(あ、メールおくったのに、まだ返事がない!って方がいらしたら、ごめんなさ〜い。ちょっと、時間が遅れたとしても、ちゃんと返すようにしていますが…)
会話でも、最後に「完」が成り立つまで中途半端にしたくないのです。神経質すぎるかな?人にはそれぞれ性格があるからねぇ(笑)なんか、ちゃんとしっくりこないと、自分的に責任を果たしてないのではと思ってしまいます。
しかし、若いときはまだ責任なんてものを理解してなくって、自分のやりたいまま、まぁ自己中だったもので、今、ようやく「責任」とはなんぞやと体と心で感じるようになってきました。

一生懸命従事することもまた、責任と信頼を蓄えていく要素だとも思います。責任と信頼を得たいからという私欲ではなく、こうなんというか、自分の底から湧き出る行動が、その人にあった「責任と信頼」を得られるのかもしれません。

ああ、なんだか自分で、難しい題材を引っ張りだして、自分で「ぬぉぉっ」と考え込んで文章が支離滅裂になってしまいました。何か、ちょっと、こういった題材も人生では必要なのかなと思って。読んでくれてありがとう。
by mimicafe2007 | 2010-02-08 05:30 | ひとりごと

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